たまたまテレビをつけたら、「35才の高校生」をやってたので、たまたま見てみた。
そしたら、「自分は生きてていいのか」なんて考えてた時分を思い出した。
いつか書こうと思ってたことだし、良い機会だから、気持ちの整理もかねて、ここに書いてみる。

確かなこととして、あの時、いじめがあったかはさておき、いじめられていると自分が思っていたのは事実で、2〜3年間くらい、学校の中で先生以外と会話がない日が続いたわけで、それが異常だってことは、たぶん、確かだと思う。

最近、その時の同級生に、あれはいじめじゃなくて、皆お前と遊びたかっただけだみたいなことを言われたけど、バイキン扱いされたり、声色をまねてからかわれたり、胸ぐらつかまれて苦しかったり、教室を閉め出されたり、夏祭り行ったら暗闇でビービー弾打ってきて痣作られたり、かんしゃく玉投げられたり、あげく妹いじめた奴もいたり、どんな遊びか教えて欲しいものだ、全く。
実害があるのはクラスに10人はいなかったはずだけど、残りは皆傍観者だったから、あの時の私には全員が敵だったし、だから、話なんてできなかった。
話が出来る相手は学年に2人くらいで、うち1人は他のクラスで教室が遠かったから、ほとんど関わりは持てなかったし、残りの1人は同じクラスでも、学校では私に近づいてこなかった。

そういう学校生活を送る中で考えるようになったのが、私って生きていて良いんだろうかってこと。
アパートの2階に続く階段の踊り場から下を見下ろして、「飛び降りるってどんなかな、いや、こんな低い所からはイタイだけだろうけど」なんて考えたのは今でもよく覚えてる。
「生きてて良いに決まってる」という自分と、「生きる価値なんてない」と考える自分がいて、葛藤がある。
でも、実は答えが欲しかったわけでもない。
なぜかって言うと、正解はどうあれ、「私は生きていたい」という気持ちはあったから。

あの時は、小さな脳みそで、まぁ、時間があればゴタゴタ考えて、ずっと自問自答してた。
「ここで死んだら、あいつらに負けたみたいでヤダ」
「私はこういうイヤなことがない、『ここ』に生きていたいわけであって、死んだら、それすらできなくなる」
という負けず嫌いな気持ちが、私を思いとどまらせた。

1人だけ、保育園の頃から一緒にいた人がいて、彼女の存在は大きかった。
学校でクラスが一緒になったことは、確かなかったけど、彼女との関係だけは、なくならなかった。
放課後は、ほとんど、彼女と遊んだ。
運動がずっとできて、背が高くて、物知りさん。
どこでも、助けてくれる存在。
友達であり、憧れた彼女。
私をからかってくる男子に、平然と言い返し、追い返すことも多かった。

そんな彼女が、集団下校の集合場所に行ったら、泣いていたことがある。
理由を聞いたら、こう返ってきた。
「wakaの悪口、やめてっていってもやめてくれん」

このとき、私は、実は心の奥底で欲しがっていた答えをもらった気がした。
私のために泣く人がいる。
それは、いても良いのだと、自分の存在を認められたようで、嬉しかった。

これは、15年くらい前のこと。

今、私は、人と関わりを持つのは苦手だし、人との話し方が分からないことがある。

中学、高校の時は、このことが非常に息苦しかった。
「なぜ」という気持ちが、心の大部分を占めた。
話しかけ方が分からない。
友達ってどういう風に作ったっけ?
分からないまま、月日が過ぎた。

だから、大学で700人相手に研究した。
そして、過去にいじめられたと思った経験が、今の対人関係にマイナスに働く可能性があるという結果を自ら得て、ストンと憑き物が落ちた気がした。
あぁ、あれか、と。
それは、真剣に心理学を学んでいる人から見れば、ただの自己満足でしかないけれど。
「自分が悪いわけじゃない」と、どこかで思いたかった。
何らかのカタチで、そう言って欲しかったのだ。

話はだいぶ流れた気がするけれど。
前述のように、やっぱり、私は人と関わりを持つのが苦手だし、人との話し方が分からない。
でも、確実に言えるのは、私は人と関わるのが好きだし、人と話すのが好きだし、何より、人が好きだ、ということだ。
それが変わらない限り、たぶん、私は、この先もやっていけるだろうって、何の根拠も実はないけど、そう思う。

Comment
わっちは未だに生きてて良いのか分からんですねぇ(ヽ'ω')
心は死にたいと言っても身体は無意識に危険回避したり、なんか面倒なもんです。
  • 通りすがりの仮面ライダー
  • 2013/06/23 23:36
私自身、15年という時間が経ったからこう思うんですよね。
当時はもっと、何か考えていたか、逆にここまで考える頭はなかったかもしれません。。。
ただ、実体験として言えるのは、一線を越えるか越えないか迷っているうちは、まだ自分は生きるだろうということです。
そして、怖いこと、痛いことが嫌いな私は、臆病者と言われても、生き続けようとすると思いますwww
それに、当時は自分のことで手一杯で周りが全く見えていなかったわけですが、それは今も同じですが、当時と違うこととして、自分はひとりぼっちじゃないということを知ることができたので、自分という存在を大切にしなきゃと思うのです。
  • waka
  • 2013/06/24 00:18





   

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